いざ、物件を探さんと大阪R不動産をご覧の皆様。「商店街」アイコンの物件、意識してご覧になったことはありますか?
活気ある商店街が多いのも大阪の魅力です。商店街はどこからやって来たのか?
「商店街に出店するのって面倒なことが多そう」
「商店街の近くって騒がしいから住むのには向いていないんでしょ?」
「いくら大阪の商店街といってももう活気が……」
といったイメージをお持ちの方は多いのではないでしょうか?
実際のところ大阪の「商店街」ってどうなんか、ノスタルジーに浸ることなくクールに真面目に検証していきます!
商店街を検証する前に、そもそも商店街はいつごろからあったのでしょうか?現在、私たちが目にするような商店街は大正、昭和初期あたりから発生してきたと言われています。意外と商店街って新しいのです。
第一次世界大戦後、農村部から都市部に移り住んだ多くの人たちが、小さな商店をあちらこちらで開店していったそうです。
しかし、昭和に入ると百貨店等大型店舗が台頭してきたことで、小さな商店は危機に瀕します。そこで、各専門に特化した商店がまとまって「自分たちは、単なる店の集まりではなく、商店街である」という概念を共有して、百貨店と対抗したのでした。当時の新聞などでは商店街は「横の百貨店」と紹介されることも少なくなかったそうです。言うならば、商店街は小商いを営む人たちが発明した「アイデア」なのです。なんだか、小さな魚たちが集まって大きな魚を演じることでマグロを退治する「スイミー」のお話みたいですね。
検証1. 商店街で商う
それから様々な試練がありましたが、大阪の商店街にはまだまだ店と人の活気が溢れています。しかし、順風満帆かと言えば決してそんなことはなく、やはり、空き店舗や後継者問題、消費の落ち込みなど、大なり小なりの問題を抱えているようです。商店街を歩いているとシャッターが閉じたままのところも目につきます。
なぜ商店街は衰退するのか?
全国的に見ると商店街は衰退していると言われていますが、それは今に始まった問題ではありません。その原因は何なのか!? 調査しました。
・スーパーやコンビニなど多様な店舗形態の登場
・インターネットで買い物ができるようになった
・ライフスタイルの変化(車社会に適応できなかった等)
・空き店舗の家主が若い人や新規参入者に貸すことに積極的ではない
等々、他にも根深い問題はあるようです。「商店街」という概念自体が時代遅れだという声もあります。
残念ながら、すべての大阪の商店街が賑わっているかと言ったらそうではありません。商店街の逆襲
しかし、ほんまにそうなんか!? と大阪R不動産では考えています。
東日本大震災以降、人々はリアルなコミュニケーションの大切さに気づきました。若い人々は車を持つことより、エコで便利な自転車に乗ることを好みます。時代は、かつて商店街が賑わっていた頃に戻るわけではないですが、今も変化し続けています。商店街にもまだまだ希望があるハズです。
天神橋筋三丁目商店街。日本一長い天神橋筋商店街の取り組み
大阪には日本一長い商店街、天神橋筋商店街があります。その長さは2.6km!! しかし長いだけではありません。ユニークなアイデアで賑わいづくりを進めているそうです。天神橋筋三丁目商店街振興組合の重矢錐宏さんに詳しくお話を伺いました。
――天神橋筋商店街がやってる取り組みとは?
商店街と出店したい人とが話し合い、意見やタイミングが合えば、まず家主から商店街自身が物件を借りて、それを出店したい人に貸しています。このとき、保証金や礼金を一度に払えないなら分割払いにも応じています。商店街を盛り上げてくれそうな情熱的な人たちと、お店を貸すことに消極的な家主を、商店街が橋渡しするんです。
――商売を長く続けるためには?
この商店街には100年以上続く老舗もあるけど、今は老舗だからといって商売を続けられる時代じゃない。時代の流れを読んで自分たちも工夫して変化していくことが大切です。
――天神橋筋三丁目商店街の魅力は?
うめきたに新しくできた大型店舗には無い、下町らしい人の温かさですね。テレビで流れるような大阪弁ではなくて、温もりのある普通の大阪弁が飛び交う街なんです。『おおきに』って言葉は"Thank you"じゃないんです。"Thank you very much"なんです。お客さんに『あなたが大きい。おおいにありがとう』って言ってるんですよ。
と、だんだんやわらかい大阪弁になっていく重矢さんの話を聞いていて、大阪の商人の魂を垣間見たような気がします。
ちなみに、天神橋筋一丁目商店街から七丁目商店街まで歩くと記念に「満歩状」がもらえるそうです。食べ歩きでもしながらチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
商店街が出店を手助けした古本屋は大勢の人で賑わっています。商店街ニューカマー@坂道のある「空堀商店街」
天神橋筋商店街だけではなく、大阪にはユニークな商店街がまだまだあります。空堀商店街はアーケードの中に坂道がある全国でも珍しい商店街。奇跡的に戦火を免れたこの地域は古い木造家屋がたくさん残っていて、昭和の時代にタイムスリップしたような気持ちになります。
坂があるので上りは大変、下りの自転車は注意を!空堀商店街でこの5月にオープンした"紙の雑貨屋さん"があると聞き、商店街でお店を始めることについて根ほり葉ほり伺いました。
■紙匠雑貨エモジ オーナーインタビュー
『紙匠雑貨エモジ』いろんな種類の紙を選んでオリジナルのノートをつくってもらえます。――どうして商店街でお店を始めようと思ったんですか?
この界隈で空店舗を探していたらたまたま条件が合って。古い長屋というのもお店のコンセプトに合いました。アーケードがあるので雨の日も人通りがありますし、夜も明るいので女性が多く歩いていたり、人の流れがあることも魅力的でした。
――商店街ならではのことってありますか?
やっぱりコミュニティーが強いことですね。開店準備では周りの方々にいろいろ教えてもらい助かりました。お店ができるとみんながのぞきに来てくれ、人の温かさを感じました。このお店、元は魚屋さんだったそうなんですけど、通行する人が「魚屋さんが無くなってる!」って物珍しそうに店をのぞいてくれて、そういうのってなんか大阪らしいなぁって思いますね。
検証2. 商店街に住まう −商店街の中にあるシェアハウス−
今度は「商店街=消費の場」という常識を捨て、「商店街に住まうことの魅力を考えてみます。
大阪の池田市にある栄町商店街の古ビルがコンバージョン(用途転換)されてシェアハウスに生まれ変わりました。アートとカルチャーがコンセプトで住人達はお互いに刺激し合いながら生活しているようです。
元はオフィスビルでした。「外部にも開かれた共用スペース」
このシェアハウスの共用スペースでは、運営会社や住人主体でイベントが開かれて、ときには住人以外の人も参加することがあります。住人の友人であったり、FacebookなどSNSでシェアされた情報を見てやってくる人もいるそうです。
今回は、『新たな北摂を発見する。high cultureな学び』をコンセプトに、北摂エリアで活躍するエッジの立った人たちを先生としてお招きし、ワークショップ形式での学びを提供するレクチャーシリーズ『ほくせつ大学』を取材してきました。
「"地鶏をデザインする"@ほくせつ大学」
シェアハウスの共用部に地鶏の生産者や地鶏を使った料理を出しているお店の方を招いての勉強会。地鶏の流通から一羽の鶏からなんこつがいくつ取れるかなど、鶏についてかなり深く学べる場所でした。さらに、詳しい解説付きの鶏の解体も行われ、この勉強会に参加した人は一日で鶏にとても詳しくなりました。
地域に開放されるシェアハウス。地域コミュニティーとしての『商店街』
このように、商店街は消費の場だけではなく、地域交流の場だとも考えられます。このシェアハウスは人々が住んでいるだけでなく、地域に開かれ外部の人も訪れます。しかし、住人にとってはいくら共用部といえどもそこは自分たちが生活する場所。そこでイベントが開かれたり、外部の人がたくさん入って来ることに抵抗はないのか?そもそも商店街に住むのってどうなのか? 聞いてみました。
――商店街の中にある建物に住むのってどうですか?
住人A:建物の中に入ってしまえば、商店街の中でもそんなにうるさくないですよ。アーケードがあるので雨の日もほとんど雨に濡れずに駅まで歩いて行けて便利です。商店街のお店で店の人と世間話をしながら買い物をするのも楽しいです。仕事から帰って来て商店街のアーケードに入ったら「帰ってきた」という気持ちになりますね。
――今日みたいに自分たちの生活している場にたくさんの人が集まることをどう思いますか?
住人B:共用部はもともと多くの住人と共有して使っていて、自分のプライベートな場所という気がしないので、今日みたいに外部の人がたくさん来ても平気です。
住人の方たちの話を伺い、住まいというプライベートな空間と商店街というパブリックな空間がシェアハウスを通じて融け合っているような気がしました。
「商店街」をよろしくお願いします。
「商店街ってなんかおもろそうやん」って思っていただけましたか。
お店を始めたり住んでみたりと、商店街を通じ、大阪の街ならではの魅力を再発見してみるのもおもしろいのではないでしょうか。
▼商店街のコンバージョンシェアハウス
アートとカルチャーをシェアする暮らし